15代将軍徳川慶喜は起死回生の策として大政奉還を実行し、徳川の政治的生き残りを図る。これは朝廷に対し恭順の意を表し、新しく成立するであろう新政府において重要な地位に立って、大名連合政権の上に立とうとする考えであった。武力によって完全に幕府を倒そうとしていた倒幕勢力は攻撃の名目を一時的に失ったため、先手を取られた形となった。しかし、薩長の倒幕派が太政官制度を復活させ、天皇を中心とした新政府を樹立。徳川から朝廷への政権交代を宣言した(王政復古の大号令)。その後、徳川を盟主とする旧幕府勢力と薩長を主体とする新政府が対立し、鳥羽・伏見の戦いを機に戊辰戦争が勃発。新政府に敗れ去った慶喜は、江戸城無血開城を経て降伏した。降伏後も一部の旧幕府勢力が東北などで抵抗したが、五稜郭の箱館戦争を最後に新政府が勝利し、戊辰戦争は終結した。こうして明治維新が始まり、日本も本格的に近代化の時代を向かえることになる。
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江戸時代は征夷大将軍徳川氏を中心として、武士階級が支配していた封建社会であった。一般市民の身分制度は士農工商と呼ばれる階級制であり、武士が民衆を支配していた。それまで武士と農民は分離していなかったが、豊臣秀吉の刀狩りと武士は城下・町人は町屋・農民は村落と住居が固定されるなどにより武士階級と農民が明確に分離された。しかし江戸時代の各階層にある程度の流動性も見られる。特に江戸には飢饉などにより地方から流入してきた農民も多く、幕府はしばしば帰農令を出している。また、全国の諸藩には、郷士と呼ばれる自活する武士も存在した。彼らは城下に住み藩主から俸禄を貰っていた武士である藩士とは明確に区別され、また一段下の身分として差別されることもあった。幕末に活躍した人びとには、勤皇方、幕府方を問わず、下級藩士・郷士・町人など軽輩階層出身者であった者が多い。